耐震化事情/福岡のマンションは教訓活かされずか 

福岡西方沖地震から3年が過ぎました。あの忌まわしく恐ろしい記憶は今も福岡の人々の脳裏に焼きついています。木造住宅が崩れ、マンションが崩壊し…その記憶が残っていても教訓は活かされずいるようです。耐震化の遅れです。

地震の後、マンションを囲む足場を目にした人は多いと思います。あれは外壁の補修をしていたものが大半です。大部分のマンションが耐震強化の補修をしていたわけではないのです。

マンションの耐震化については様々な要因から進まないのが現状のようです。集合住宅の難しさでしょうか。とは言えど、地震はいつ再びやってくるのか分かりません。備えあれば憂いなし。命かお金か判断が迫られるところです。

以下はYahoo!ニュースより

福岡沖地震3年 もしも同規模地震が起きたら… 耐震化遅れ 深刻被害も

20日、九州北部に災害の恐怖を刻んだ福岡沖地震から3年を迎えた。街からは被災の傷跡が消え、最も大きな打撃を受けた福岡市西区の玄界島でも、25日には仮設住宅からの全員帰島がかなう。一方で3年の月日は最大震度6弱に震えた記憶を風化させ、ともすれば防災意識を薄れさせる。備えは十分なのか。被災者たちは「あの日を忘れてはならない」と決意を新たにする。

■木造建物1割全半壊 ビルのガラスまた散乱?

福岡沖地震の教訓は街づくりや医療現場に生かされているのか。3年前と同じ時刻、同じ場所で、同じ規模の地震が起こったら‐。《2008年×月×日午前10時53分。博多湾の警固断層帯を震源とする震度6弱の地震が発生した》と仮定して、検証した。

《福岡沖地震で島の住宅の7割、153棟が全半壊した福岡市西区の玄界島では住宅への大きな被害は避けられた》

今春までに完工した115戸分の県営・市営住宅と50戸の造成宅地は3年前と同じ南斜面側にある。県営住宅に入居した上田永(ながし)さん(77)は「3年前のような被害はないだろうが、不安には変わりない」と打ち明ける。

九州大の善功企(ぜんこうき)教授(防災地盤学)は「地震に対する弱さは克服された」とみる。揺れに弱い急斜面や石組みの擁壁はなくなり、盛り土などの対策もとられたからだ。

《福岡市では古い木造住宅を中心に全半壊が起き、マンションの一部も被災した》

同市は警固断層(陸側)によるマグニチュード7.2の地震が起きた場合、最大で市内の木造建物の約1割の約1万9000棟が全半壊すると推計する。市の民間住宅の耐震化率は約7割。3年前とほぼ変わらない。診断や改修の費用助成制度もできたが、経済的負担が依然、障害となっている。

耐震改修が進まないのはマンションも同様。福岡マンション管理組合連合会(福岡市)の杉本典夫理事長(75)は「『不備が見つかれば資産価値が下がる』と耐震診断を敬遠する例すらある」と住民の意識の低さを嘆く。

《3年前の地震では福岡市都心の福岡ビルで窓ガラス約290枚が割れて路上に降り、通行人4人が負傷したが、今回も別のビルの窓ガラスが割れた》

福岡ビルを所有する西日本鉄道は、窓枠との固定に揺れを吸収しやすい材料を使用するなどの改良を施して1608枚すべての窓ガラスを交換済みで「崩落はもう起こらないはず」(広報室)。

他方、“危険ビル”は依然残る。国土交通省の調査で、以前の福岡ビルのように旧工法で窓ガラスを設置しているビルは九州・山口に計70棟(昨年9月現在)。福岡県は全国6番目の24棟で、宮崎県にも23棟ある。同省建築指導課は「指導しているが、法的な強制力はない」と対策に頭を悩ます。

 《05年の地震では患者が特定の病院に殺到したが、各病院は軽傷者を他の病院に誘導するなど経験を生かした》

済生会福岡総合病院(福岡市中央区)は福岡沖地震後、他の救急病院の位置を記した地図を災害時、入り口に張り出すことにした。携帯電話不通のため、救急隊が受け入れ態勢を確認しないまま患者を運び込んだ経験を踏まえ、インターネットを使って空きベッド数を救急隊に知らせる。

ただ、患者の重傷度で治療の優先順位を決める「トリアージ」をめぐって、軽傷者が「早く診て」と騒ぐ可能性もある。同病院の岸川政信・救命救急センター長は「トリアージの重要性が市民に理解されているだろうか」と疑問を投げ掛ける。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080321-00000000-nnp-l40

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